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生き物との出会い

森には沢山の生き物が棲んでいます。そして、その季節によって出会う子たちは違います。

子どもたちは、生き物に出会った時に見せる反応は

「あっ!いた!」と捕まえてみる

「こわい〜」と離れる

「えい!」と潰してみる

「ねー、触って」と誰かに触らせる

ジーっと観察する

など色々ですね。そして、続いて大人の反応は

「ほらっ!触ってみて」と触れ合いに誘う

「怖くないよ、大丈夫」とその生き物と子どもの間に立つ

「こら!殺したら可愛そうでしょ!」と叱る

「きゃー!触らないで!」と大人が拒絶反応(笑)

など色々ですね。

子どもは大人の言う通りにはしません。大人のする様にします。大人が虫嫌いなら、子どもは往々にして虫が苦手だったりしますし、そうでなくても虫を捕まえて見せた時に「きゃー!こっちに向けないで!」と共感してもらえないのは子どもにとっては寂しい瞬間です。ま、でも大人にも苦手があるので仕方ありません(笑)

子どもが生き物を見つけて、例えばアリですが、じーっと観察しているとします。その後、大体の子は潰します。その時の大人が十中八九「可愛そう」と言いますね。しかし、その子は何故潰したのでしょうか?

捕まえようとして、力加減がわからなかった?

興味本位で潰してみた?

そもそも生きてる生き物だと思っていない?動くものと思ってる?

子どもによって違うと思います。でも、大事なのはその生き物との時間がその子にとって学びの時間であると言うことです。

もしかしたら、携帯の中の画面で見てるYOUTUBEと同じ動くものとして認識してて、触っただけで、そしたら目の前のそれ(アリ)が動かなくなったのかも。

もしかしたら、手に乗せてお母さんに見せてあげたかったのに、力が入りすぎて潰れちゃったのかも。

もしかしたら、興味本位でその虫の足を引っ張ったら取れちゃったのかも。

子どもは残酷です。反対にものすごく純粋です。ただシンプルに、その生き物を知る為の学びの時間なんだと思います。その時間を大人は、見守るのか、指導するのか、無視するのか(虫だけに!)は、その後のその子の生きる上での土台づくりに大きな影響があると考えています。

より沢山の生き物に触れて、その生き物を身体いっぱいに知ることは、生きることや自分意外の命を尊ぶ気持ちを育てることに繋がると思います。

だからといって、沢山生き物を殺していい・虐めていいわけではありません。

大人の知っていることや経験していることを伝えることは必要だと思います。

蟹を捕まえて、触らせる時に「手濡れてる?水の生き物は濡れていることで元気でいられるからその温かい手を濡らして、冷やす必要があるよ」と伝えたり

大人が捕まえ方や触れ方を見せてあげたり

すべてを子どもに任せて、最後まで見守るとか(死んでしまっても堪える)、でもその子の反応や心の中でどんな体験をしているかにはよーく注意を払っておく等

正解はないですね(笑)

でも、大事なことは子どもの生の体験の場を奪わないこと。子どもが子どもらしく、過ごす中で沢山の生き物の営みや生死に触れていたら、世界はこんなに差別や犯罪にまみれていないかもしれないと思っています。

ライオンの子だって、猿の子だって、他の小さいな虫や小動物で遊んでいるそうです。どんな生き物も同じ様に、自分と違う生き物に興味があって知ろうとしています。その興味関心をどの様な方向へ導いてあげるのかが、大人の仕事です。

生き物との出会い、いつも私も頭を悩ませながら、その場面と対峙しています。


トト


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